トリマーの眼!

凄腕トリマーによるペットに関するコラム
大人気!第12回は…【そこを、なんとか!】

今から約6年前の2010年4月、宮崎県で飼育されていた和牛3頭から口蹄疫と呼ばれる家畜伝染病が確認され、その後、大変な猛威を振るったことをご記憶の方はきっと多いことと思いますが、実は、この口蹄疫が収束するまでのわずか2か月の間に、牛や豚など合わせて30万頭以上もの尊い命が、人の手によって止むを得ず絶たれることとなりました。その際、行政や報道機関では、これらの行為を、すべて「殺処分」という言葉で表現しており、今後もこのような非常事態が発生すれば、当然のようにこの殺処分という言葉は使い続けられることでしょう。
しかし、当時から私はこの殺処分という言葉の響きに非常に違和感を覚えていました。なぜなら、口蹄疫という病気そのものは、成獣の場合、仮に治療をせずに飼育を続けたとしても、そのほとんどの場合、命に係わるような症状にはならないということを、以前、私は知り合いの獣医さんから伺ったことがあったからです。
しかしながら、それでも行政が対策を急がなくてはならない理由は、口蹄疫は感染力が非常に強いことに加えて、牛や豚がやせ細ると食肉用としての商品価値がなくなってしまうからなのだそうです。
しかし、たとえそのような緊急事態であったとしても、そもそも処分という言葉自体、通常は血の通っていない無機質なゴミを処分するだとか、もしくは不正なことをした個人や団体に対し自治体などが行政処分を下すなどといった形で用いられることが非常に多いわけですから、別に何も悪いことはしていない動物たちの不幸を、そのような心無い言葉で表現してしまったのでは、今までただただ人の役に立つためだけに飼育されてきた牛さんや豚さんたちに対して、あまりにも愛情がなさすぎるのではないかと私は感じたのでした。
実はこの問題は、飼い主の身勝手な
都合で保健所に連れてこられるワンちゃん
やネコちゃんたちの対応についても全く同じ事が言えるため、私は、殺処分などという「上から目線の言葉」を罪のない動物たちに安易に使うべきではないという思いが以前からずっとありました。
更に、このようなやむを得ない措置が行われる際にニュースでよく出てくる「半径○○キロ圏内の感染の疑われる(実際には何の症状も出ておらず、更には病気にさえ感染していない可能性も十分に考えられる)動物たちの殺処分をすべて終えた。」などというフレーズを、未来を担う子供たちが幼い頃から何の違和感も持たないままに成長していったならば、本来ならおいしいお肉を私たちに提供してくれるはずだった牛さんや豚さんたちに対して、人が本来、素直に感じるはずの命の大切さや感謝の心を十分に育んでいく機会のないままに大人になってしまうのではないかととても不安になってきます。
普段、私達は母国語である日本語をごく自然に使っているわけですが、実は英語などと比較した場合、日本語は非常に繊細な心の動きをも的確に表現できる優れた言語だと言われているわけですから、今後、「私たち」は、「行政」そして「報道」に携わる皆さん方と三位一体となって、言葉の正しい使い方についての議論を十分に重ねて改めるべきは改め、更にそれを次世代の若者たちへの大切なメッセージとしてきちんと語り継いでいく必要があるのではないでしょうか。

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前田 勉
2002年、福岡市博多区でJKC公認トリマー資格取得。2003年、地元である大分県中津市で「まめたろうペットホテル&トリミング」を開業。以来「ワンちゃんが、ホッと安心してくれるトリミングの方法があります。」をキャッチフレーズに、多くのワンちゃんたちの幸せと健康のサポートに努め、飼い主さんからは「まめたろう先生」と呼ばれ親しまれています。常識にとらわれない、やさしく丁寧なトリミングの方法は、今も進化を続けており、多くのファンから支持されています。趣味は、読書、乗馬。